自分の絵について何か感想を述べられる時、「好き」と言われるのが一番嬉しい。その一言が言葉としては聞けなくても、相手がとても嬉しそうに話してくれたり、感情を込めて伝えようとしてくれる様子を見ていると、心から嬉しくて、自分は幸せ者だと思う。

自分の趣向、好きな音楽や映画について誰かに話す時、私はそれらのどこが好きなのか、どれだけ素晴らしいのかを上手く伝える事が出来ない。時々そうやって言葉で表現する事すら出来ない自分に対して「好きだと思っているのは単なる外交上の都合による建前なんじゃないのか」と感じて自身の薄っぺらさに辟易してしまう事があるのだが、「好きなものは好き」、それだけじゃ駄目なんだろうか。


「めっちゃ好き」「どうでもいい」「技術的な面は評価してやる」
「才能の無駄遣い」

私の場合、好きになるかどうかはこの4つのポイントで分けられるようだ。とにかく「めっちゃ好き」ゾーンに君臨するもの達は私の全てで、これを否定されると自分自身を否定されたと同義と見なされる。
人それぞれに好みが存在して、私のように1か0かの基準しか無い人間もいる。その中で誰かの眼に留まってほんの微量でも感動を与える事が出来たなら、それはそれは有難い事なのだ。


しかし「好きなもの」に関して何も知らないというのは無責任だと思うので、苔とか鯨の死後について、詳しく調べてみようと思う今日この頃。好きだと言うくらいなら、その発言には責任を持たないと。

回顧録3

生まれ変わったら、
海に住みたいと思う。
空を飛びたいと思う。
風になりたいと思う。
大地を覆う大気になりたいと思う。
天空を浮遊する雲になりたいと思う。
宇宙に浮かぶ名前も無い星になりたいと思う。
人知れぬ地で樹木となり空の色彩の移り変わりをただただ眺めていたいと思う。
雨の一雫。
海岸線の一欠片の貝殻。
砂漠に埋もれる一粒の砂。
寄生するバクテリア。
海中に差し込む一筋の太陽光。
意識と無意識の挟間。

回顧録2

何かを期待して待っているのか
何かを恐れて閉じ籠っているのか
何かを求めて伝えようとするのか
何かを儚んで断ち切ろうとするのか

悲観と希望的観測は限りなく同じに思う。
確かな希望は持てていない。

例えば真っ暗な暗闇の中で一筋の光を求めたらそれは希望としてそこに存在するが、光に因って照らし出された風景は思い描いた地とは限らない。もしもその場が地獄だったなら、一筋の光は、見なくてもいいものを見せる絶望でもある気がする。

回顧録1

「自己を確立してない人が、友達を必要とする。自分のやりたいこと・やらなくてはならないことをするだけでも、時間は足りないのだから」 坂本龍一の言葉。某サイトから引用。

そういう人間は友達を介してしか自己の価値観を見出せないのかもな。他者に自分の存在を証明して欲しいだけなのか。そもそも友達の基準って何なんだろう。「友達」と「知り合い」の境界線は何処なのか。少なくとも、何らかの刺激を与え合える存在でなければ友達とは呼べない。無駄な時間を共有するだけの関係なんて願い下げだ。

自分を持ってる人って例え独りで居たとしても孤独に見えないと思う。周囲に流されない意志を持つ人間はかっこいいと思う。「流されない=相手に心を開かない、愛想が悪い」ではなく。

・

「美しいもの」が好きだ。

嫌いなもの、醜いもの、見たくもないものを眺めるよりは、美しいものだけを見詰めて生きて行く方がいい。「美しさ」の概念は人によって異なるので、自分の眼で見て、耳で聞いたもの以外は信用出来ないけれど。だがその価値観を他人に押し付けるのは嫌いだ。押し付けられるのはその数億倍嫌いだが。

美術や音楽に関わらず、自分を取り巻く環境を創り出すもの。家具の選び方、趣味、服装、雰囲気、髪型だってそうだ。それらは全て自らの美意識によって成り立っている。「自分」という鎧を纏って自己を守る為に。己の世界観を相手に伝えやすくする為に。だから好きなものを掻き集めて、要塞を造るんだ。

自分にとっての「美しさ」とは、確かに言葉通りの「美」も重要要素だが、そこにほんの少しの狂気がなければ成立しない。見た目に綺麗なもの、ただキレイなものは、一瞬で飽きられる。美しさの中の異物、微量の醜さが大事なのだ。私が心から好きなものたちは、確実にそれぞれの狂気を内に抱えている。

自分には自信というものが全く無く、常に他人からの評価を気にしてしまう癖がある。でもひとつだけ、たったひとつだけ私が私で良かったと思える事がある。自分の持つ「美の基準」だ。自分自身には自信が無くとも、自分が好きになったもの、それらに関しては絶対的な自信がある。

審美眼だけは最上級のものを持ち合わせていると思う。良いものを見抜く能力、そして自分の好きなものに自信を持てる事。それらが備わっているだけでも私は幸せ者だろう。完全なる自己満足だけどね。

後はその審美眼を駆使して、自分の世界を上手く表現出来ればいいんだけど。もう少しなんだけどな。まだまだ未熟だわ。

ライク・ア・ゴースト

明日、もしくは来週、来月と、まとまった時間があると思うといろいろと後回しにしてしまう。観たい映画も描きたい絵も調べたい案件も、今日は疲れたからまた今度と思ってやり過ごして、結局何一つ終わらせる事も出来ずにどれだけの時間を無駄にして来たんだろうな。と、ダークサイドからこんばんは。成田です。

当たり前の様に今日も呼吸を止める事なく二酸化炭素を排出し、物を食べ、TOKYO電力から供給される電気を使っては環境汚染に一躍買っているわけですが、何気なく生きている今日は誰かが恋焦がれた明日だという事を忘れてはいけないなと、最近よく思うのです。スティーブ・ジョブズ氏が亡くなって、一番に脳裏に浮かんだのがそれだったんだよな。iPhoneでしか接点が無いような人なのにそんな事を思うのは不思議でしたが、彼が創り出したものは確実に世界を変えたんだよね。今のこの時代に彼の存在はどれだけ大きかったのか。それと比べると自分の存在など地球上の全ての砂を掻き集めた中のたった一粒程度の重みしか無いと思うのだが、一応人間としてこの世に生を受けて今こうして物質として存在している以上、それなりに残すものは残さないとなと。

何の生産性も無く、ただ家畜のように生きるのは簡単なんだよな。吸収するだけなら誰でも出来るんだよ。見るのも、読むのも、聴くのも、それを実践するのに大した労力は必要無い。でもそれだけじゃ駄目なんだよなぁ。全然足りないんだよ。自分から発信出来る人間にならなきゃ、今ここにいる意味なんてひとつも無い。

残り3ヶ月弱の抱負(遅)

こんにちは、無駄に6連休中の本日は二日目です成田です。

ところで、ブログ再開宣言をしてから既に3ヶ月という月日が経ってしまいましたね・・・。
一体何の為の宣言だったのかと自分でも呆れ返っておりまして
やるやる詐欺をやらかした有力者達の気分です。

だがしかし、最近やっと自分が使えるPCが復活したんです。
・・・待ってたよ俺ァよ!!!
これで思う存分長文を綴る事が出来るってもんですよ。
やっぱり携帯端末じゃ不便でなりませぬのでね。
いや、いろんな意味で便利過ぎる機器ではあるのだけどiPhone。

ブログっつってもね。
何書いていいのかわからないんだけど
自分という存在の輪郭線を明瞭にする為の媒体だと思えばしっくりくる気がするな。
誰かと言葉を交わす自分というのは少なからず偽りの部分があると思うし、
普段から自分の価値観とはどういったものなのか、という事を考えないと
どんどん我が失われていく気がするし。
↑まぁ今ここなんだけど。
他者から様々な価値観を吸収する事は選択肢としては素晴らしい事だと思うが
それによって自我を塗り潰されてしまっては元も子も無いからね。

とりあえず自分の好きなものを即答出来るようになりたいです。

好きな音楽は?
好きな映画は?
好きな食べ物は?
好きなアートは?
好きな色は?
好きな季節は?
好きな店は?
好きな本は?

こんな事を聞かれても質問者の反応を考慮して上手く答えられない自分が情けないのだよ。
だって向こうが絶対知らないバンドとか漫画を答えたって会話が続かないじゃない。
あと別にこれさえあれば明日死んでもいいってくらいに好きな食べ物も無いし、
4つの季節それぞれにいい所があるのに一つを選べなんていう鬼畜な質問には答えるのも面倒だよ。
好きな店に至ってはレストランなのか雑貨屋なのか本屋なのか世界堂なのか
一体私の何を知りたいのかすら分からない。
質問の意図が曖昧過ぎなんですよもう。

と、この様な愚問共にも怯む事無く正々堂々本音アンサーが出来るような人間になりたいのです。
そこでみんなが知ってるような無難な答えをするなんて事は底辺を這うまで落ちぶれてもしたくない。

だ・か・ら★

このブログという場をお借りしていろいろ自問自答して行きたいと思う次第なのです。
文字として記録するって大切だと思いますね。
どんなにその時深く深く考えて答えを出したとしても
いずれは自分と自分を取り巻く人々の都合の良いように形を変えてしまうんだから。
考える人でありたいんですよ。
自分の創り出すもの全てに意味を持たせたいのです。
自分以外の人間では絶対に成し得る事の出来ない世界を持ちたいのです。
人間は皆唯一無二だと言うけれど、実際はそう在る事は簡単な事ではないと思うのですよ。

少し時間がかかり過ぎた感は否めないけど
明日を無駄に生きない為に過去を振り返って学びたいです。

さー30cm×30cm埋め尽くしトライアルの続きでもやるかねー。

700日の空白

こんにちは。成田です。
恐らくほぼ2年間放置して来たこのブログ、再び更新して行こうと思い立ち今こうしてアイホンに向かっています。
PCが自由に使える環境にないって不便だな。そしてそれに甘えて立ち止まる自分は人として此処に居る価値が無いなと。
己を知る為に今一度書き連ねてみようと思う。いろいろと自分用備忘録。

ここ最近はバーチャル界での人との繋がりはtwitterばっかりで、140字で全てを表現しないといけないので長々と文章を書くという事も無かったんですよね。自分の場合はそれ即ち「薄っぺら」な思考回路になってしまったわけで。
基本的に全てに於いて不精なので考える事すら止めてしまった自分なんてもう廃人同然ですね。
ただただ残された時間を消費し続けるだけの何の生産性も無い無駄な人種です。
とにかく、四六時中「何か」をする所から始めないと。一分一秒も無駄にする時間なんてないんですからね。
まぁ自分は2年間無駄にしましたけど…莫迦だな、本当に。

と、いう事で、自戒ブログ再始動です。わー\(^o^)/

青じん

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